ミニ講話 宮司のいい話
NO.185  願掛けと行
     家族の者が大病を患って何とか助けてもらいたいと祈る時や、何かの願い事を絶対に叶えてもらいたいと祈る時、真剣な気持ちで神様に願掛けをすると思います。お百度参りをしたり、水をかぶったり、好きな物を断ったりして、一心に自分の苦しみと交換に神様にお願いを叶えてもらおうとしたことはありませんか。

     私の経験では、そうした身を削っての真剣な願い事は神様が叶えてくださることが多いのです。

     例えば、お医者さんが難しいと診断した病気が奇跡的に治ったり、良い悪いの岐路に立っている時に運勢が良い方向へと流れたり、不思議なめぐり合わせによって運が開けたり、訳も分からず無我夢中でやった結果がすごく良かったり、後で振り返るとどうしてこんなに良い結果になれたんだろうと不思議に思えることがたくさんあります。

     これは、心の底から真剣に念ずる思いが神様に受け入れられた結果だと思います。

     人間関係においても、自分の思いを相手に受け入れてもらいたいと真剣に思えば、自ずと自分の態度が変わってきます。真剣な気持ちが真剣な態度となって相手に伝わっていきます。そうした姿に相手は感動し、思いを受け入れてくれるのです。

     良く聞く話ですが、「私は神様に何もお願い事はしません。ただ今日一日家族が無事に過ごせますよう念ずるだけです」という人がいます。

     しかし、これほど大きな願い事はないのではないでしょうか。今日を無事に過ごせるということは、今日の積み重ねが一月となり、一年となり、そして一生となっていきます。一生を何事もないように願っているのです。これほど大きな願い事はありません。

     そうした大きな願い事に対して、どれほど真剣な真心を捧げているでしょうか。目の前に降りかかった大事件には真剣な心でお願いをします。しかし、平穏な日々の中では、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」のことわざのごとく、真剣さが失われてしまい、惰性で物事を行っています。

     神様に対してのお参りも同じです。いくら朝晩の神棚参りを行っていても、真剣さが失われては、神様も聞き入れてはくれません。

     ですから、真剣さを失わないためには、自分自身に緊張を課す、継続した行動が必要となってきます。

     例えば、毎日決まった時間に休まず神棚参りをするとか、毎朝早く起きて家の前の通りを掃除するとか、朝ご飯の前に家の掃除を済ませるとか、一日に一つ以上は人のために何か良いことをするよう心掛けるとか、今日も一日短気を起こさないように努力する等、何か一つでも目標を立てて、自分の修行として、毎日毎日休まずに努力を続けていくのです。なんとなく惰性で過ごしていた一日が、確実に何か一つ積み上げていく実感の持てる充実した一日へと変わってきます。

     自分自身に目標を立て、実行していく毎日は、生活にリズムが生まれ、新鮮な心で一日を迎えることができます。

     そして、さわやかな心で神棚参りができるのです。さわやかな心には曇りも迷いもありません。我が身を顧みず真剣に念ずる心と同じなのです。

     さわやかな心で念ずることは、神様は聞き入れてくれるのです。

     自分の努力の伴わないお願い事はいけません。神様にお願い事をしたならば、自分も何か努力をすることを心掛けましょう。すると、物事の流れが良い方向へと動き出します。身を正し、行いを正し、心を正す精進があればこそ、神様は御守護くださるのです。


講話リストに戻る

←前のお話    次のお話→

札幌八幡宮では、最新の講話を宮司自ら朗読した、
テレホン講話“菊池宮司のいい話し”をご用意しております。
みなさま是非お気軽にご利用ください。 見本の音声はこちら(約5分間)
道内の方:0120-371-874 道外の方:011-377-1874

また、札幌八幡宮社殿にて月例講話会も実施いたしております。
毎月10日午後時より行っておりますので、
どなたでもお気軽にお越し下さい。(無料)



【ホームに戻る】