ミニ講話 宮司のいい話
NO.155  神のお言葉
     神道はみこともち信仰と言われています。「みこと」とは、神様のお言葉のことです。神道は神様のお言葉の通りに生きていくことを教えているのです。私たちの心の持ち方、生き方について、神様はこう言われています。

     「清く・正しく・睦まじき心で生きて行きなさい」と。

     清き心で生きるとはどのようなことでしょうか。

     清き心とは清々しい心です。

     私たちの心は、本来神様から頂いた、清く清々しいものなのです。

     しかし、生活をしている中で、腹を立てたり、悲しんだり、くよくよ心配したりして、自分の心をいためてしまうことが多いのです。それでは、清々しく生きることができません。何か心の中に嫌なことを思ったり、感じたりしたならば、いつまでも心の中に留めておかず、良き方へと心を切り替えていかなければなりません。いつまでも腹を立てていたり、イライラしていてはいけません。又悲しいことがあっても、いつまでも悲しまず、あきらめの心を持つことも大切です。又心配してもどうにもならないことは、神様にお任せして、いつまでもくよくよ考えずに、時が解決してくれることを待ちましょう。このようにして、嫌なことをいつまでも心に残さないようにすることが、神からいただいた清らかな心を大切にすることであり、清々しく生きることになるのです。

     次に、正しき心とは、神様のお言葉を正しく受け取れる素直な心のことです。神様のお言葉を自分の都合の良いように受け取ったり、自分のわがままな心や、人間関係のしがらみに心をうばわれてしまって、神様のみ心が見えなくなってしまわないよう、神様のお言葉を素直な気持ちで、正しく受け取らなければなりません。知らずにしてしまう悪いことは仕方のないことです。しかし、悪いと知りながらすることは、一番たちが悪いのです。自分の甘えの心や、色々な誘惑に負けず乗り越えて、神様のお言葉通りに生きようとする心が正しい心となるのです。

    最後に、睦まじき心とはなんでしょう。それは、穏やかな心、明るい心のことです。

     心に敵を作ってはいけません。誰とでも仲良く、明るく接していかなければなりません。人ばかりではありません。動物でも、植物でも、山でも、川でも、自分とかかわる自然界のすべての物に対して、思いやりと優しさを持って接することが睦まじき心です。思いやりとやさしさは、感謝の心からわき出て来ます。嫌なことでも、嫌いな相手でも、大きなめぐりあわせの中の一コマであると受け止め、見方を変えて感謝の心で接すれば、好き嫌いを乗り越えた悟の心境が得られてきます。睦まじき心とは、人としての心の完成を意味しているのです。日々どのような心境の時でも、明るく生きることを心掛けることで、睦まじき心となっていくのです。

     「清く・正しく・睦まじく」言い替えれば、「すがすがしく・素直に・明るく」生きていくことが、神様のお言葉通りに生きていく私たちの進むべき道なのです。そのように生きれば私たちの運勢は開けてくるのです。


講話リストに戻る

←前のお話    次のお話→

札幌八幡宮では、最新の講話を宮司自ら朗読した、
テレホン講話“菊池宮司のいい話し”をご用意しております。
みなさま是非お気軽にご利用ください。 見本の音声はこちら(約5分間)
道内の方:0120-371-874 道外の方:011-377-1874

また、札幌八幡宮社殿にて月例講話会も実施いたしております。
毎月10日午後時より行っておりますので、
どなたでもお気軽にお越し下さい。(無料)



【ホームに戻る】